||31||<十二国>||31|| 玄人のくせにそのざま?駮の上で、頑丘はため息をついていた。 確かにあのとき約束はした。 約束はしたが、こんなことになろうとは……。 いや、なるとはあとで思い至ったが、信じたくなかった。 星彩の背に乗った小柄な影が高らかに言う。 「玄人のくせにそのざま?」 コトの発端は、霜楓宮での珠晶のため息だった。 それに気づいてしまった自分、というべきか。 十二の国の中で十二人しかいない、 至高の存在となってしまった十二歳の少女。 その珊瑚色の唇が、似つかわしくないため息なんぞ漏らすから。 その愛らしい容貌を、見たこともないくらい曇らせていたから。 つい仏心を出してしまったのだ。 その性格をすっかり忘れて。 たまたま、しばらく王宮を離れて本業の方に行ってくる、と 報告をするために居たのもまずかったのかもしれない。 全ては本当に……。 いや、あいつ(利広)のいうとおり、 『天の配剤』というものなのかもしれない。 ああ、言うのではなかった。 「息抜きに一緒に行ってみるか?」 などと。 殆ど泣きそうな顔でおやめくださいと縋り付く麒麟を 「あんたのところに行ったときだってこうだったんだから!」 と、足蹴にするように出てきた少女を、 相変わらずだなあと、またまた放浪中の利広が笑って。 俺は大きくため息をついた。 まさか二人もまた連れて行くことになろうとは。 珠晶一人ならまだしも、 またこいつ(利広)まで連れて行くことになろうとは。 何人俺が居ても手が足りぬ、と呟いたら あの曲者の笑顔で言われてしまった。 「大丈夫、そのための仙だから」 肩まで叩かれて言われた日には……。 「ちょうど頑丘に、黄海に連れて行って欲しいと 頼むつもりで出てきたんだよねぇ」 のほほん、と言う利広を、駮の鞍上から蹴ってみる。 もちろん届くはずはない。 「やだなあ、危ないじゃないか」 にこにこ、にこにこ。 この笑顔がだから曲者だというんだ。 わくわく、というのがまさに当てはまる表情で、珠晶が星彩を寄せてきた。 「なにを狩るつもりで居るの? すう虞だったら嬉しいわ。 そうすれば星彩だけ疲れさせるってないもの」 「ああ、わたしもすう虞は欲しいな。 なにしろ取り上げられてしまったからねぇ。 ……あれ? 頑丘? どうしたの?」 勝手にいってろ。 そう簡単にすう虞が捕まるようなら、黄朱の民はみんな金持ちだ。 雇い主とその友人がそういうのと、もちろん自分自身の為に。 俺は瑪瑙を大量に買い求めた。 小さな革袋にしっかり詰め込んでもらって それを自分の腰にきっちりと括り付けて。 間近に見ていた珠晶が目を丸くした。 「前に妖魔に対しても宝石って使ったけれど、 妖獣も宝石に弱いのねぇ」 珠晶は自分でも言っていたが、頭が良い。 小賢しいともこまっしゃくれたとも言いたくなるが、 本当にいろいろなことをよく覚えているのだ。 長い鎖をじゃらじゃらと鳴らしながら、 絡まないように巻き付けながら答えてやる。 「すう虞は瑪瑙だが、全部の妖獣が瑪瑙というわけじゃない」 ふうん、と鼻を鳴らすような返事が返ってきて。 俺を見上げてきた顔は、期待に輝いていた。 「あたしが一緒に行くんだから。 きっとすう虞は捕まるわ」 はいはい。 その大きな自信が不発に終わらないことを祈るよ。 なんて思っていたのだが。 本当に『王』というのは……と舌打ちしたくなる。 今までいくら張っても捕まることのなかったすう虞が。 罠にもかかる気配もなかったすう虞が。 珠晶がいる今回、罠にかかった。 しかも、俺が目を離している隙に。 珠晶が罠でもがくすう虞に近寄って。 暴れていたすう虞だったが、ぴたりと動きを止めて。 次の瞬間には、喉を鳴らして珠晶にすり寄っていたというのだから驚いた。 残念なことにこれらのことは、俺は見ていない。 全部利広から聞いた話だ。 「頑丘って、本当に運が悪いわね」 王じゃなければ黄朱が似合うとは思ったが。 あまりのことに言葉が出ない。 握りしめた拳が震えてしまう。 少し困った笑みを浮かべた利広が、誰にともなく呟く。 「こういう王は初めて見たよ……」 六百歳を越えたこいつがいうとは。 はぁ、としか言葉もでてこない。 がっくりと肩を落とした俺の顔をのぞき込むようにして 困った笑みのまま、利広が言う。 「で、私のすう虞も……といいたいところだけど、今回はやめておくよ」 俺の一瞥で言葉尻を変えたのはさすがだ。 安闔日もそろそろ終わり。 帰らねばならない。 次の安闔日までなんて、王は国をあけていられないのだから。 それにしても俺は運が悪い。 はあ、とまたもやため息が漏れた。 捕まらなくて「このざま?」と言われるのも癪だが、 入念な罠を仕掛けたのに、自分自身で捕まえることができなかったことが とてもとても悔やまれてならない。 しかも、素人の珠晶に持って行かれるとは。 ……しばらく落ち込みそうだ。 end __________________ 『図南の翼』登場の3人組、さらに頑丘視点です。 頑丘はきっと、珠晶のもとで黄朱をやってます。 仙になってもやってます。 で、お抱えの騎獣狩り人やってると。 そう願ってやみません。 互いに気に入っているようだし。 ……眠りに落ちる直前に思いついた話なので、 微妙にあとで変える可能性有。 ジャンル別一覧
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